※糖アルコール…安心安全の食品原料。自然界に幅広く存在しており、果物や野菜などにも含まれ、食経験が豊富な素材。
<その他のコラム>
―糖アルコール製品の特徴について、研究の視点からどう評価されますか?
「Bフードサイエンスの製品ラインナップの豊富さは、研究者として非常に興味深いですね。分子量の異なる
糖アルコールを揃えているということは、用途に応じて最適なネットワーク構造を設計できるということです。
小さな分子量の糖アルコールだけ、大きな分子量の糖アルコールだけでは実現できないが、それらを組み合わせる
ことにより広がったネットワーク(網目)をつくることができる。まさに『適剤適処』の製品開発が可能になります」
実際の食品開発では、この多様性が大きな武器になると酒井教授は指摘します。
「例えば、しっとり感を出したいパンには保水性の高いタイプ、クリーミーな口当たりを出したい飲料には
乳化安定性に優れたタイプ、というように使い分けができる。これは単一製品では実現できない、
Bフードサイエンスならではの強みだと思います」
―糖アルコールは食品開発にどう役立つのでしょうか?
「興味深いのは、水中で作られる糖アルコールの広がったネットワークは油の粒を閉じ込める能力があることです。
これを利用すれば、フレーバーや味覚成分をうまく閉じ込めることができるはずです。これを逆手に取れば、
苦味を抑えたり、味のバランスを調整したりできる。いわゆるマスキング効果も期待できるんですよ」
また、保湿性も見逃せません。
「糖アルコールは水を抱え込む能力が高い。これがパンのしっとり感やふわふわ感につながります。
水分活性をコントロールして腐敗を抑える効果も期待できますね」
―食品業界の課題について、どうお考えですか?
「ヨーロッパではクリーンラベル、つまり添加物表示を減らす動きが進んでいます。乳化剤は決して
悪いものではありませんが、消費者の安心・安全志向は高まっています。さらに、パーム油由来の乳化剤は
焼き畑農業の問題もあり、将来的に入手困難になる可能性もあります」
そこで重要になるのが「適剤適処」という考え方です。
「乳化剤を使わない乳化という選択肢を持つことが大切です。糖アルコールのような天然由来の素材で、
ネットワーク構造を利用した乳化安定化ができれば、新しい製品開発の可能性が広がります」
―最後に、食品の開発者の皆様へメッセージをお願いします。
「私のキーワードは『見えている部分は、見えない部分によって作られている』です。製品の物性や味という
『見える部分』は、分子レベルの『見えない集合体(ネットワーク)』が生み出しています。糖アルコールの研究は、
まだ川上の基礎研究段階ですが、ここで得られた知見は必ず川下の製品開発に活きてきます」
「点を作り続けることが私の目標です。その点が線になり、面になり、最後は立体になる。今はまだ
雲をつかむような研究かもしれませんが、糖アルコールを活用している方々の課題と、私たちの研究が
つながる瞬間がきっと来ます。混ざらないものを混ぜることで困っていたら、ぜひお問い合わせください」
酒井 俊郎(さかい としお)/信州大学 学術研究院工学系 教授
長野県伊那市出身。1995年東京理科大学理工学部工業化学科卒業、1997年同大学院修士課程修了、2002年博士後期課程修了。米国ニューヨーク州立大学バッファロー校でのポスドク研究員を経て、2007年信州大学着任。2019年より現職。専門はコロイド・界面科学。
1994年の卒業研究以来30年にわたり、乳化剤を使わずに油と水を混ぜる「乳化剤フリーエマルション(EfE:Emulsifier-free Emulsification)」の研究に取り組む。「準安定の科学」をテーマに、エマルションの不安定化(解乳化)要因を解明し、界面活性剤に頼らない新しい乳化技術の確立を目指している。「見えない分子の世界」を可視化する独自のアプローチで、基礎研究から産業応用まで幅広く展開。糖アルコールの研究では、分子の集合体が作る「ゆるいネットワーク」構造に着目し、食品開発への新たな可能性を追求している。