※糖アルコール…安心安全の食品原料。自然界に幅広く存在しており、果物や野菜などにも含まれ、食経験が豊富な素材。
<その他のコラム>
―先生の研究に対する考え方を教えてください。
「私がいつも学生に伝えているのは、『分子は集まってこそ力を発揮する』ということです。
例えば金(Au)は原子レベルでは色はありませんが、ある程度集まると赤色、さらに集まると緑、
そして最後に金色に見えるようになる。つまり、分子や原子は集合体となり性質を発現するんです。
一個や二個では何も起こらない。これは人間社会と同じで、一人では街は作れません。
みんなが協力して初めて、一つの街という『色』ができあがるんです」
酒井教授のこの哲学は、糖アルコール研究にも深く関わっています。
「糖アルコールの面白さは、まさにこの『集まる力』にあります。水中で糖アルコール分子同士が手をつなぎ、
投網のような広がったネットワークを作る。この網目構造がさまざまな機能を生み出すんです」
―糖アルコールの研究を始めたきっかけは?
「正直なところ、最初は『なぜ御社(Bフードサイエンス)が私に連絡してきたのか』よくわからなかったんです(笑)。でも水素結合の話をしているうちに、『ぜひ一緒に研究したい』という思いになりました。
私としては、ヒドロキシ基(OH)が一体何をしているのか、糖が水の中でどう生きているのかに興味があったんです」
研究の背景には、バイオマスへの関心もありました。
「糖はセルロースの基本骨格です。糖は水に溶けますが、木(セルロース)になると水に溶けません。
不思議だと思いませんか。糖が持つヒドロキシ基(OH)が一体何をしているのか、
理解できるんじゃないかと考えたんです」
―糖アルコールの特性について教えてください。
「食品には砂糖がたくさん入っていますが、実は砂糖は乳化の『敵』と言われているんです。砂糖を入れると
油と水が混ざりにくくなる。カクテルのレインボー層も、シロップとアルコールが混ざらないから作れるんですよ。
でも糖アルコールは条件によって混ざるんです。『なぜだろう?』という疑問が、私の研究の出発点でした」
そのカギは、分子構造の違いにありました。
「普通の砂糖には、ヒドロキシ基(OH)とアルデヒド基(COH)という、強さの異なる二つの水素結合部位
があるんです。そのため水素結合すると、強い結合と弱い結合が混在してしまって、バランスが取れない。
結果的に、網目が上手く作れないんですね。一方、糖アルコールは末端が全部ヒドロキシ基(OH)で揃っています。
だから分子同士が均等に水素結合できて、均一な網目を作りやすい。この水素結合ネットワークは、
魚の投網のようなイメージです。広がった網の中に、油の粒(魚)が引っかかるんですよ」
この「広がった網目構造」こそが、糖アルコールの大きな魅力です。
「単一成分ではないという点も重要です。さまざまな分子量のものが混ざり合うことで、
フレキシビリティのあるネットワークができる。これは、大きさの異なる分子が互いに補い合うイメージです。
例えば、容器に小豆だけを入れると隙間ができますが、そこにお米を加えると隙間が埋まりますよね。
糖アルコールも同じで、大小さまざまな分子が隙間を埋め合うことで、密度の高い、しかも柔軟な
ネットワークを作るんです」
【後編】に続く…
酒井 俊郎(さかい としお)/信州大学 学術研究院工学系 教授
長野県伊那市出身。1995年東京理科大学理工学部工業化学科卒業、1997年同大学院修士課程修了、2002年博士後期課程修了。米国ニューヨーク州立大学バッファロー校でのポスドク研究員を経て、2007年信州大学着任。2019年より現職。専門はコロイド・界面科学。
1994年の卒業研究以来30年にわたり、乳化剤を使わずに油と水を混ぜる「乳化剤フリーエマルション(EfE:Emulsifier-free Emulsification)」の研究に取り組む。「準安定の科学」をテーマに、エマルションの不安定化(解乳化)要因を解明し、界面活性剤に頼らない新しい乳化技術の確立を目指している。「見えない分子の世界」を可視化する独自のアプローチで、基礎研究から産業応用まで幅広く展開。糖アルコールの研究では、分子の集合体が作る「ゆるいネットワーク」構造に着目し、食品開発への新たな可能性を追求している。